NSGグループ 池田 弘様インタビュー | 経営課題を専門家に相談できるサイト イチゾウ | ページ 2

わが経営論

NSGグループ 池田 弘様インタビュー

※下記は経営者通信8号(2010年9月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

―そういったピンチを乗り越え、現在の御社があるわけですね。
他にもピンチはたくさんありましたよ。なぜなら、私たちは様々な事業にチャレンジしてきたからです。チャレンジした結果、縮小や撤退した事業も山ほどあります。たとえば、約20年前にアメリカのハリウッドに映画学校をつくる準備を進めました。約15年前には、幼児教育の分野で相当額の投資をしました。でも、これらの事業はうまくいかず、撤退することになりました。つまり、現在の繁栄は死屍累々たる事業の上に成り立っている。失敗した事業が消えていき、成功した事業だけが残っているわけです。

―なるほど。外部からは成功し続けているように見えても、実際は数々の失敗があったんですね。
ええ。成功の裏には、失敗から得た経験が活きています。たとえば、予備校事業では3億円もの損失を出しましたが、得たものも大きかった。それは予備校事業で失敗した責任者が成長したことです。予備校事業の撤退から10年後、彼は赤字病院の経営を引き継ぎ、見事に黒字化させました。現在、医療・福祉事業は年商150億円ものビジネスに成長しています。彼が経営者として成長したからこそ、医療・福祉事業がここまで大きなビジネスに育ったのです。

―失敗から得た経験によって、人材が成長したと。しかし、3億円もの損失を出した際、会社は傾かなかったのですか?
大丈夫でした。なぜなら、事業のポートフォリオを組み、リスクをコントロールしていたからです。NSGグループは特定の事業で損失を出したとしても、グループ全体が傾かないように投資を分散させています。そして、致命傷になる危険性が生じた事業はスピーディーに整理・縮小します。だから、グループ全体ではずっと増収増益なんですよ。

 

―1996年、池田さんは経営手腕を買われて「アルビレックス新潟」の社長に就任しました。現在、「アルビレックス新潟」はJリーグ2位の観客動員数を誇っています。スポーツ不毛の地と言われた新潟で、スポーツビジネスを成功させた秘訣を教えてください。
まず社長就任の背景からお話しします。当時、新潟県は日韓ワールドカップの開催地に立候補していました。そして、ワールドカップの試合を招致するには、新潟にJリーグを目指すプロチームをつくる必要があった。そこで急遽、地元のサッカーチームをプロ化することが決まり、その経営者として私に白羽の矢が立ったわけです。NSGの代表と兼務する形ですね。

―どうやってチームを黒字化させたのですか?
まずスポンサー集めに奔走しました。当時のJリーグのビジネスは広告モデルしか成立していなかった。だから、大手企業のスポンサーを集めようとしたんです。でも、なかなか思うようにいかない。悩んだ私は海外の成功事例に活路を求めました。

海外には大手スポンサーに頼らず、経営に成功しているチームがあったからです。たとえば「FCバルセロナ」というスペインの名門チーム。このチームには親会社が存在しません。地域の住民がチームに出資し、その財務基盤を支えているんです。理論的には、新潟でも同じことができるはず。そう考えました。そこで、私は独自の年会費モデルをつくりました。法人は1口3万円、個人は1口1万円で後援会の会員を募ったんです。少額の年会費を地元の企業や住民から集めて、チームを支援してもらう。このモデルで財務基盤の安定化を図り、少しずつ会員を増やしていきました。ただ、赤字の金額は億単位。だから、黒字化への道は遠い状況でした。

そうこうしている間に、新潟でワールドカップの試合開催が決定。「当初の目的を果たしたんだから、もうプロチームは必要ない」という意見も聞こえてきました。しかし、私はここが踏ん張りどころだと感じていました。そして、私の個人資産から「アルビレックス新潟」に1億4,000万円を増資。会社の債務超過を防いだんです。

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