株式会社和田総研 代表取締役会長 和田 一夫 | 経営課題を専門家に相談できるサイト イチゾウ | ページ 2

わが経営論

株式会社和田総研 代表取締役会長 和田 一夫

※下記は経営者通信11号(2011年4月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

―70歳から10年間勉強しようと決意するのはすごいエネルギーですね。

やはり10年ぐらいは苦労して勉強しないと、一人前にはなれませんから。ただ、ひとつ気がかりだったのが、80歳から成功した先人がいるのかどうか。もう、いろんな本をむさぼるように読みましたよ。すると、2人の成功者がみつかりました。ひとりが鄧小平。彼は3回失脚した後、副総理に復活しました。3回目の失脚から復活したとき、彼の年齢は74歳。その後、88歳までの14年間、中国の改革解放政策の陣頭指揮をとりました。つまり、彼は80歳を過ぎてからも大活躍したのです。もうひとりは、松永安左エ門。東京電力の創業者です。太平洋戦争が終わった後、日本には電力事業の民営化と再編成を行う必要が生じました。しかし、電力事業の第一線で活躍していた人たちがみんな戦争で亡くなってしまった。そこで、すでに引退していた79歳の松永安左エ門にお鉢がまわってきたのです。翌年、彼は現在の東京電力を設立。その後、日本全国で電力事業の再編成を成し遂げました。私はこの2人に惚れ込みました。そして過去に成功した人がいるなら、自分もできるはずだと考えたんです。これから10年間勉強したら、世界的な「カンパニードクター」として活躍できるかもしれないと。

―そして現在、国際経営コンサルタントとして日中両国で活動しているわけですね。

ええ。私が若い頃は、松下幸之助さん、井深大さん、本田宗一郎さんから多くのことを学びました。何か壁にぶつかると、彼らの本を読んだり、講演を聴きに行ったりしました。偉大な同世代の経営者から、学ぶ機会があったわけです。でも残念ながら、みなさん他界されてしまった。だから僭越ながら、私が彼らのような役割を担うべきだと考えているんです。どうすれば中国で成功できるのか?大失敗をせずに世界企業をつくれるのか?こういったことを若い人に伝えていきたい。私の経験と若い人のセンスを組み合わせれば、すごい経営者が生まれると確信しています。

―ここからは日本企業の中国進出に関する話を聞きたいと思います。和田さんは1年にヤオハンインターナショナルを設立し、中国で百貨店などの店舗展開を積極的に進めました。当時は日本企業の中国進出の先駆けでしたが、どのように中国へ進出したのでしょうか。

当時、すでにヤオハングループは世界各国に進出していました。その中でもシンガポールやマレーシアなど、中国系の国が好調だったんです。だから、機が熟せば中国本土にも進出したいと考えていました。そして1989年6月、中国で天安門事件が勃発。私はチャンスと考え、翌年に香港に渡りました。なぜなら、当時ほとんどのマスコミは「天安門事件と同じことが香港にも起こるだろう」と予想していたからです。みなが「リスクがある」と言っている時こそ、チャンスです。ライバルが少ないので、ナンバーワンになれる可能性がありますから。

―その後、香港からどうやって中国に進出したのですか?

最初はおっかないから、香港から中国の動向を見ていました。その間に華僑の友人がたくさんできたんです。彼らは私の先見性を高く評価し、様々なサポートをしてくれました。そして1992年、北京に百貨店を出店。恐る恐る投資したのですが、この店が成功しました。そこで3年後の1995年、上海に大きな百貨店をつくったんです。床面積は約10万平米、当時アジア最大の小売店でした。すると、オープン初日に多くのお客さまが来店してくれました。その数、なんと107万人。これは現在もギネスブックに載っている世界記録です。

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